坂本龍馬の本家である才谷屋は、坂本家四代(当時は大浜姓)八兵衛守之が寛文六年(1666)に長岡郡殖田郷才谷村(現南国市)より高知城下本丁筋三丁目(現上町三丁目)に移住し、妻佐耶と二人で借家で質屋を、始めたのが始まりでし、屋号は出身地の名より才谷屋とした。 後に酒造業、諸物品売買にも手をひろげ、才谷屋の基礎を作った。 二代正禎は本丁筋年寄役を命ぜられ、三代直益のころに才谷屋は、城下屈指の豪商となり、次男直清に才谷屋を継がせ、長男直海を明和七年(1770)に本丁筋一丁目(現上町一丁目)に郷士株を取得し分家させ、郷士坂本家の祖とした。 郷士坂本家はその後、八蔵直澄、八平直足(養子)権平直方と続き、坂本龍馬直柔は天保六年(1835)11月15日権平直方の弟として誕生したのである。